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グランドのナイチンゲール

2010年01月21日 15:56

日曜日、長男のラグビーの新人戦の応援に行ってきました。
相手は、S真学園。
S真は、何食べたらそんなに大きくなれるの?って聞きたいくらい、みんな大きくて、長男達のH一高はみんな華奢で、まるで、ボクシングのヘビー級チャンピオンとストロー級の挑戦者が戦っているような試合で、ボコボコにやられて、0-141の大敗でした。

でも、そんなガッカリな試合でしたが、感動した事がありました。
いつもは夫がビデオを撮るのですが、いいところになると、じかに試合を見ちゃって、地面が写っている映像が多いので、ダメ出ししたら、今回は私が撮る事になりました。

いい場所を探して、相手チームのエリアで撮影していたら、H一高の選手がが鼻と口から出血して、私の近くに上がってきました。
血がボタボタ流れ、オロオロしていたら、S真のウィンドブレーカーを着たマネジャーなのか、保健の先生なのか、キレイなお姉さんがサッと現れて、大きなウエストポーチからティッシュを出して、鼻と口を押さえ、『口をすすいで。』と水のボトルを差し出し、血だらけのティッシュをサッとポリ袋に片付け、『歯がグラグラしているところはない?』と確認しながら、テキパキと手当てをしていきます。

その頃、H一高の先生と1年生のマネジャーが駆けつけ、キレイなお姉さんはマネジャーの子に『氷、ある?氷で冷してあげて。』と指示して、いつの間にかいなくなっていました。
敵味方関係なく、いち早く怪我人の所に駆けつけ、冷静かつ的確に手当てをして去っていくナイチンゲールのようなキレイなお姉さんのさり気ない行動に感動しました。

ちなみに、私の撮ったビデオは、前半は夫より上手に撮れていたのですが、相手にトライされてばかりなので、途中から、長男をズームしていたら、試合の流れが全くわからない長男のプロモーションビデオになり、後半は、手袋をしていたせいか、録画とスタンバイが逆になって、地面や自分のマフラーのアップの映像ばかりになり、大ヒンシュクでした。

メリークリスマス!

2009年12月25日 14:48

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クリスマスイブの昨日、長男は北茨城に練習試合に出掛けました。
電車に乗った長男から、『弁当、忘れちゃった』とメールが来ました。
キッチンのカウンターを見ると、お弁当と水筒が置き去りになっています。
北茨城まで届けてあげる事もできたけど、『コンビニで何か買ってね。』と返信して、私はクリパの準備を始めました。

夕方、長男が帰ってきて、『お昼、どうしたの?』と聞いたら、『磯原駅のキヨスクには弁当もおにぎりも売ってなくて、レモンドーナツを2つ買った。』と言うので、(一日中ラグビーやるのに、お昼がドーナツ2つなんて、お腹空いただろうなぁ。届けてあげればよかったかなぁ。)と胸が痛みました。

でも、長男の話には続きがあり、『朝ごはんに餅をたくさん食べて行ったから、お昼になってもそんなに空腹を感じなくて、レモンドーナツだけでもどうにかなるかと思ったら、O君がゴマのおにぎりくれて、S君が昆布のおにぎりくれて、お腹いっぱいになった。』と言うので、私は胸がいっぱいになりました。
お弁当を忘れた長男に、自分のおにぎりをわけてくれたO君とS君の優しさに、涙が出そうでした。

我が家にとって、O君とS君のおにぎりが、何よりのクリスマスプレゼントになりました。
どうもありがとう。

東日本ジュニアラグビー大会決勝 by 校長

2009年11月16日 19:18

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14日・15日と東日本中学生ラグビーフットボール大会スクールの部の決勝が横浜の保土ヶ谷ラグビー場で開催されました。
1st.ステージの4ブロック1位のチームと、シードされた東京都と神奈川県両チーム合わせて6チームで、まずカップ・セミファイナルでAとBに分けて、まずA・B両ブロックの順位を決め、翌日のファイナルマッチで両ブロック1位同士が対戦2位・3位とも対戦して、1位から6位までの順位を決定するというスケジュールになりました。

14日の天候は、雨風が強くラグビーにとっては最悪のコンディションだった。
おまけにインフルエンザにかかった生徒や故障者を含めると数名が試合に出られないという、選手層の薄い茨城県にとっては大変な事態になってしまった。

茨城県代表は、神奈川県と新潟県と対戦、1st.ステージは前後半17分で、第一試合は11時キックオフで茨城県と新潟県の対戦です。
前半風上を取って試合が始まり、雨にもかかわらず積極的にバックスに回そうとするものの、風の影響かノッコンなどのミスが続、なかなかトライに結びつかない。
かろうじて1トライをとるものの、新潟に1本取られ後半へ。
風下の後半は思ったとおり自陣に釘付けでトライを2本とられて逆転負け。

しかし、何度も何度も自陣ゴール前まで攻め込まれたが必死のタックルでトライを取らせない、あのフォワード・バックス一体となっての防御は見ていて鳥肌の立つ思いがした。
でも我慢にも限界があり、2つのトライを許してしまった。
スコアは7−15。

第2試合は12時40分キックオフで神奈川と対戦。
神奈川との試合は、前半3トライを取られ茨城は1トライの5−19で折り返し、後半は茨城の頑張りが目立ち5−7合計スコアは10−26。

この時点で3位まで自動的に花園にいける権利はなくなってしまった。
でも、二日目の結果次第ではまだ望みは多少残されていた。
4番目の切符は、試合内容を見て推薦ということになっていたのだ。
5〜6位決定戦で相手に大勝すれば可能性は残されていたのである。

15日は朝9時半のキックオフで対戦相手は岩手県。
岩手県は東京に12−0で破れ、群馬県には22−7で敗れていたのである。
戦う前は、9月に練習試合で東京と対戦した時に大差がついての負けであったあの強い東京に12点差しか開いてない相手なのだから、岩手は相当な実力のチームじゃないかなと少し不安になっていた。

しかし、試合が始まると今年の茨城は夏以降強くなっていた。
前半は10−5茨城のリードで前半戦を折り返し後半につないだ。
しかし、後半になって最初に相手にトライを取られてからはシーソーゲームが続き、後半18分相手に逆転トライを決められ、最終スコアは22−24の1ゴール差の負けであった。

9月のチームより数段進歩した茨城のチームがそこにあった。
学校の行事やインフルエンザであまり合同練習が出来なかったが、生徒達の意識が個人練習をさせ、どうしても花園に行きたいという各自の思いがチームを成長させてきたのではないだろうか。
それとチームの結束もキャプテンを中心に生徒達が心をひとつにしてまとまっていた。
また惜しくも最終の試合に参加出来なかった仲間の悔しい気持ちを胸に強く抱いて戦ってくれたと思う。

今でこそ茨城県選抜のチームも2年生以上で40名を超えるチームになったが、数年前までは茨城県単独チームが作れなく、予選には茨城・栃木合同チームとして参加していたのだ。
それが現在昨年同点であった千葉県には大勝できたし、今回の2次予選では最終的には6位という結果だったが東日本全体の6位である、このことは胸をはってこの成績を自慢してもいいのではないだろうか。

中学までのラグビースクールとしての活動はもうこれで終わりとなる。
これからは高校受験が控えている。
志望している高校に入るためにラグビーの練習くらい真面目に努力すればきっと志望する高校に君たちは入学できると思う。
君たちは真面目さ謙虚さ努力・気合等ラグビーから教わっているからだ。

私の個人的意見としては、3年生全員が高校でもラグビーを続けて、大学・社会人、そのあとは不惑のチームもあるし、一生涯ラグビーを生活の一部として生活していって欲しいと願っています。
ラグビーへの思いは死ぬまで続くのである。

ラグビー未経験者の親御さんたちも今ではすっかりラグビーにはまってしまって、あるお母さんはラグビーの試合をやっているという素晴らしい話を聞くことが出来た。
本当にラグビーの指導者として大変うれしい事実を聞かされ「ラグビー大好き」の人種を一人でも増やせたのは私にとって最高の喜びである。

花園への夢は後輩たち託して茨城のラグビーの発展を見守って、その後、茨城に指導者として帰ってきてもらって、君たちが中学生を花園に連れて行ってもらいたい。
そのときは、今の仲間たちが応援してくれると思います。

11月練習再開 by 校長

2009年11月11日 16:38

10月の半ばからインフルエンザの影響でスクールの活動を自粛していましたが、11月1日より練習再開となりました。
活動自粛の間には県の交流戦がありましたが、不参加となりました。
子供たちの合宿の成果や成長を見られると思っていたので、非常に残念です。

練習を再開したものの、まだ学級閉鎖や家族内に感染者がいる等で練習の参加者は少なく、日立カップに向けての練習が出来ない状態です。
今年の日立カップはどうなるか心配です。

ジュニアは、今週末に花園に向けての最終予選があります。
メンバーの中にインフルエンザ感染者が若干名いるようで、こちらも心配の種が尽きません。
登録メンバーが全員そろって今までの練習の成果を思う存分発揮すれば花園も決して夢ではないので、くれぐれも予防対策は十分にして元気で14日を迎えてもらいたい。
金曜日の夜は祝勝会で盛り上がりたいですね。

あれから1年 by 校長

2009年10月29日 19:23

2009cd.jpg ♪楕円桜♪

昨夜、一人で酒を飲みながら、『楕円桜』というCDを聞いていて、1年前の事をふと思い出した。
本来、『楕円桜』という曲は、オールジャパンの応援歌として作られた曲である。
しかし、HRSの私を含めたコーチ・父兄・生徒達にとっては鎮魂歌(レクイエム)でしかないのである。
だから、今聞いても涙しか出てこない曲なのである。

私は、この曲を聴くたびにHコーチの事を思い出す。
今、中学生が花園で試合をしようと頑張っているのも、そもそもHコーチが先陣を切って花園に行きたいと思った事が最初だったと思う。
茨城県のスクールをまとめ、県北・県南のチームをまとめて茨城選抜をつくり、花園に行きたいという思いがそうさせたのかもしれない。

Hコーチの母校は、当時全国で最強といわれていたM高校である。
花園の常連校であり、優勝も数回を数える。
Hコーチが高校三年生の時M高校は、全国優勝をはたしている。
決勝は、同じ東京代表のK.K高校との対戦であった。

試合終了寸前までK.K高校がリードしていたが、ロスタイム最後の攻撃でM高校がトライをきめ、ゴールキックが入り、2点差の勝利だった。
飛び上がって喜ぶM高校の選手の傍らには、芝生に顔をうずめて泣いているK.K高校の選手たち・・・。
毎年繰り返されている風景なんだな。

負けたK.K高校の選手の一人は、現在K.T高校の教師としてラグビーを後輩たちに指導していて、花園にはここ数年連続して出場している。
その彼は、当時のビデオを見るのが悔しくて、最近まで見ることは出来なかったそうだ。
当時の少年たちも今では40代後半のおじさん達である。
今は花園の思い出など懐かしく思えてきてビデオも見ることが出来るようになったのだろう。

その同級生達もHコーチの告別式には多数参加してくれた。
やはりラグビーをやってきた仲間達の絆は固く、なにかあればすぐに駆けつけてくれるのである。
そしてラグビーの話を延々と続けるのである。

ここでちょっといい話を・・・
M高校全盛期に、花園出場の際、自分達の試合が終わっても花園に残り、観客・他の高校生が帰ったあとに観客席を掃除して帰ったそうだ。
しかも、試合に出ている生徒も含めM高校の部員全員で掃除したとHコーチは言っていた。
私も花園の出場経験がありますが、Hコーチの話を聞くまでは、まったく知らない事実だった。

当時のM高校ラグビー部は猛練習で有名で、朝学校に行く前、昼休み、授業が終わると日没まで練習をやり、土日曜はM大学のグランドに朝から出かけ、午前午後と昼の休憩以外はずっと練習か試合をやっていたそうだ。
グランドを大学生が使っているときには、5Km・10Kmのランニングといった具合である。
今の高校生にそんな練習を課したら、みんな逃げ出してしまうかも?

Hコーチは、今年の中学生の活躍を上から見ていて、あまり褒めたことのない彼だが内心は目を細めて「一次予選突破おめでとう」、「2次予選も頑張れ」とゲキをとばしているのではないだろうか。
Hコーチのご冥福をお祈りします。

東日本ジュニアラグビー予選 by 校長

2009年10月27日 12:44

東日本中学生ラグビーフットボール大会ラグビースクールの部

2009higasinihonyosen1.jpg 2009higasinihonyosen2.jpg

いよいよラグビースクールの花園への予選が始まりました。
10/25は一次予選で、茨城県選抜は千葉県選抜と埼玉県選抜と対戦して1位になり、更に2次予選で上位2チームに入れば花園出場となるわけです。
2次予選のほか2チームはシードの神奈川県とすでに終了している地区大会で1地位を決めている新潟県が決定している。

朝9時流通大学付属柏高校のグランド集合、9時半開会式で、第一試合は茨城県選抜対埼玉県選抜で10時半キックオフ、午前中最初の試合なのでかもしれないが、両チームとも元気がなく声が全然出てない試合で、両チームともに試合のペースがつかめず消化不良の試合だった。
まあ何とか埼玉県選抜には勝つことができたが、決勝の千葉県選抜との試合がどうなるか心配がさきにたった。

12時から千葉県選抜と埼玉県選抜の試合が始まった。
千葉は体格の違いを見せつけ、フォワードを前に前に進める戦法があたり、フォワードで攻めてバックスが球をまわせば人が余ってトライということを積み重ね、トライの山を築いていった。
あの戦法を茨城相手にもしてくると、とても厄介だなという気持ちでみていた。
茨城は千葉より体格面は少し劣り、フォワードでこられると茨城のディフェンスが持ちこたえられるかという不安がよぎった。

千葉対埼玉の試合が終わり、しばらくの休憩の後、千葉対茨城の試合が13:30から始まった。
ふと思ったことだが、千葉は連続して試合、茨城は1試合あいだを空けて試合をするということで、どちらが有利かなと考えてみた。
真冬の寒い季節ならば、連続して試合をしたほうが体を冷やさなくてすむけれど、今の季節は1試合あけて試合をすれば、体が冷えずに体を休めることが出来るというメリットがあるなと思い、試合開始を待った。

いよいよ決勝の試合が始まった。
やはり千葉の選手は集中力が少し欠けていたかのような試合であった。
キックオフからミスが続き、茨城が相手陣地にいることが多い試合内容になった。
それと心配していた相手フォワードへの茨城選手のタックルは見事なものがあり、重量フォワードに対して体をはったタックルで相手を前には出さないという気持ちが前面に出ていた。
前半茨城が2トライ2ゴールをとり14−0で折り返した。

後半始まって一進一退の試合が進み、茨城のH選手とO選手が相次いで倒れた。
H選手をドクターが診察し、結果脳震盪だということでこの試合に再び参加することは不可能になった。
同じくO選手は相手にタックルをした時にまずい倒れ方をしたので、二人とも脳震盪かなと思われたが、幸いなことに脳震盪ではなく頭部打撲をいう診断ですんだので、その後試合には戻れた。
その間に千葉が反撃して1トライを返された。
これで茨城の選手全体が燃えたのだろう。
声がたえず出ていて、ものすごい気迫がみられ、ある選手が脳震盪で外に出ているH選手のためにも勝とうという言葉が聞こえた。
これで選手みんなが燃えないはずがないのである。
終わってみれば6トライ5ゴール、相手は1トライの40対5の大差で勝利、まずは第一関門を突破した。

試合終了後、茨城の選手が泣いている姿を見た。
チームが今期最高の試合が出来たからだろうか。
でも本番は来月の試合で上位2チームになるのが目標だから、1次予選で泣いてもしょうがない。
しかし昨日はフォワードの集散・突っ込み・バックスの展開・全体のタックルなどベストの試合が出来たことは称賛にあたいする。
泣いてもしょうがないかな?私も感動して涙腺が緩んでしまった。
観戦していた父兄・コーチも大変満足な試合だったのではないでしょうか。
昨年亡くなったHコーチも目を細めて喜んでいると思う。

これから2次予選までは日にちもあまりないが、昨日の試合のような気迫がこもった試合が出来るように気持ちを持ち続けていってもらいたいものです。
茨城県選抜のメンバーやメンバーに入れなかった人たちも含め全員で2次予選に望んでもらいたいものだ。
今インフルエンザが流行していてHRSの小学生の練習は今月いっぱい自粛しています。
中学生はあと3週間後に試合があるので健康管理は十分注意をして2次予選に皆元気な顔をみせてもらいたい。
1次予選を勝ち抜いたメンバーが全員そろって打倒新潟県選抜と神奈川県選抜をめざして欲しい。

『花園が君達を待っているぞ!!』

Hコーチの奥様より

2009年10月15日 07:21

HRS・各ラグビー関係者の皆々様

その節は、誠にありがとうございました。
その後も、何かとご心配いただき、ありがとうございます。
お陰様で、1年を過ごすことができました。
この場をお借りして、お礼申し上げますと共に、
皆様のご健康を心よりお祈りしております。

                    2009.10.15 Hコーチ妻


<続.ラグビー人生 Vol.1>

「あと1分、あと1分だぞ!」と叫んでいた。
試合に出場できない3年生がもうベンチに出てきてしまい、泣きながら叫んでいた。
一緒に入部してきて、共に苦しい練習に耐えてやってきた連中である。
今迄の辛かった事が頭の中をかけ巡った。
絶対に守ると思った。
こいつらの分までタックルしなければならないと思った。
死んでもゴールは割らせないと思った。
おそらく試合に出ていた全員がそう思っていたに違いない。
しかし、我々の力は及ばず、目黒高校に同点のトライをもぎ取られてしまった。
まるで悪夢のようであった。
会場は騒然としたが、すぐに静まり返った。
まだコンバート(トライ後のゴール)が残っている。
得点は14-14の同点である。
この右中間45度のゴールがきまれば14-16となり、逆転で目黒の優勝、外せば両校優勝である。
我々はゴールライン上に立ち、外してくれる事を願っていたが、無情にもボールはゴールのど真ん中を通過して花園の空をへ舞い上がっていった。
その瞬間にノーサイド。
劇的な逆転であった。
試合後のレセプションで主審がストップウォッチを見ながら「同点トライの時、試合時間は残り14秒だった」と言った。
次の日のスポーツ新聞には一面に「残り時間14秒の奇跡」と大きく載っていた。
悔しかった。
たった14秒。
あと14秒間辛抱できれば2年連続日本一だったのに・・・。
この試合は花園史上に残る名勝負として後に語り継がれている。

(K・T高 ラグビー部記念誌より 著者Y監督)

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1/7(月)決勝(花園)その5
表彰式終了後に取材や記念撮影等があり随分してからロッカーに戻った。
普段は試合後に風呂に入って帰るなど在り得ないが、今日だけは認められた。
ラグビー場の風呂は1つしかない。
当然、久我山も一緒に入る。
もの凄く苦しかった。
たった数秒で優勝を逃した久我山の連中の姿を見られず、声を掛けることも出来なかった。
その後はアフターファンクション。
レフリーもこの試合を絶賛していた。
でも、やはり重苦しい空気がそこにはあった。
これなら引き分けで両校優勝の方が良かったのかとも思った。

(Hコーチのブログ Vol.75より)

スズメバチ

2009年10月09日 00:20

10/4(日)の朝、私は右手の中指をスズメバチに刺され、救急車で病院に運ばれました。

その日は、半年に1度の地域のお掃除の日。
8時から町内会の皆さんと草を刈ったり、枯葉を掃き集めたりして、それらを一輪車に乗せて集積所に運んだりしていました。

で、8時半ごろ、草や枯葉を軍手をした手で集めて一輪車に乗せていた時、右手の中指に激痛が走りました。
『痛〜い!!』と叫びながら、とっさに右手を上げると、お尻が黒と黄色のシマシマのハチが中指の先にくっ付いていて、私は虫が大嫌いなので、それを見ただけでパニックになり、『ぎゃ〜っ!』と叫びながら振り払いました。

枯葉を集めた瞬間、何か尖ったものが刺さったなと思いましたが、ガラスとか、針とかじゃなく、もっと嫌〜な感じの痛さで、その痛さと言ったら、お裁縫の針が刺さった時の100倍くらいの激痛でした。

毒が回らないように、刺されたところの周りをギュッと圧迫し、皆さんが心配して集まってきて、『急いで家に帰って、水道水で洗い流して、消毒して、冷した方がいい。』と言って下さり、速攻で家に帰って、石鹸で手を洗って、消毒液をたっぷりかけて、冷凍庫に保存してあったケーキなどに付いてくる保冷剤で冷しました。

手を洗っている時も、『痛い、痛い。』とつい言葉が出てしまうほど痛くて、冷しても痛くて、なのに、こんな時に限って夫はゴルフに行っていていないし、息子達は寝ているし、ハチに刺された時の応急処置はどうするのか生協の健康ダイヤルに電話して聞こうとしたら、相談受付は9時からで、時計を見たら 8:40。

あと20分も待てないので、救急に電話して応急処置を聞こうとプッシュホンを押しました。
激痛でパニックになっていたのか、110に電話してしまい、『事件ですか。事故ですか。』と聞かれ、『すみません。間違えました。』と切って、119に掛け直しました。

『火事ですか。救急ですか。』と聞かれ、『ハチに刺されたので、応急処置を教えて頂きたいのですが・・・。』と言ったら、『どんなハチですか。』と聞かれ、『お尻が黒と黄色のシマシマのハチです。』と言ったら、『スズメバチですね。』と言われ、スズメバチと聞いた途端、恐ろしくなり、『え〜っ、スズメバチですか。』と聞き返してしまいました。

『住所はどちらですか。』と聞かれ、『救急車のお世話になるのは申し訳ないし、応急処置の仕方を聞こうと思ってお電話したのですが・・・。』と言ったら、『スズメバチは病院に行った方がいいですよ。』と言われ、生まれて初めて救急車のお世話になりました。

救急車のストレッチャーではなく、付き添いの人が座る所に座って、脈拍や血圧を測りながら、氏名、年齢、既往症、ハチに刺された場所や状況を聞かれ、希望した総合病院に運ばれました。

2〜3分で病院に到着して、救急隊員の方に保険証と診察券を渡すと、受付をやってくれて、他にもたくさん待っている患者さんがいたのに、優先的に診察してもらえて、ありがたいような、申し訳ないような気分になりました。
ありがとう、救急車。ありがとう、救急隊員の皆さん。

で、診察室に入ると、若い女医さんが座っていて、刺された患部を見ただけで、『よく冷して、軟膏を出しますから、1日2回塗って下さい。』と言われ、えっ、それだけ?包帯とか、飲み薬とかないの?と思いましたが、はい、終わりですオーラが出ていて何も言えず、オバサンは頑張って『2回目刺されると、アナフィラキシーショックになるんですか。』と質問してみたら、『誰もがなるわけではないので、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。』と言われ、『ありがとうございました。』と言って、診察室を後にしました。

会計をして、薬局で軟膏をもらって、歩いて家に帰りました。
救急車に乗って、病院で診察してもらっている間は、気が張っていたのか痛みが治まっていましたが、家に帰ってきたら、また激痛が襲ってきました。

息子達が起きてきて、長男が犬の散歩に行ってくれて、次男が洗濯物を干して、お風呂掃除をしてくれました。
食いしん坊の私がお昼ご飯も食べられないくらい痛くて、右中指にヘビかスッポンがずっと食いついているような感じで、その激痛は夜まで続きました。

夕方、長男が洗濯物を取り込み、ゴルフから帰ってきた夫が犬の散歩に行き、夕食は、長男の希望でサイゼリアに行きました。

右手が使えないので、ムール貝のガーリック焼きは夫にアーンしてもらい、若鶏のグリル-ディアボラ風は夫に一口大に切ってもらって左手で食べました。
家に帰ってきて、男3人で洗濯物を畳み、アイロン掛けをしました。
次男は、生まれて初めてのアイロン掛けで、給食のナフキンを楽しそうにアイロン掛けしてました。

翌朝には痛みは治まっていましたが、右手全体がグローブのように腫れていました。
そして、右のわきの下も痛いし、体全体が風邪をひいた時のようにダルいので、近所の皮膚科に行きました。

わきの下が痛いのは、リンパまで腫れてきちゃったんだねって事で、飲み薬と別の塗り薬が出ました。

処方箋を持って、薬局に行くと、薬剤師さんに『どうしましたか?』と聞かれ、『昨日、スズメバチに刺されて、急患で診て頂いて、塗り薬が出たんですけど、今朝になったら腫れちゃって・・・。』と言ったら、『塗り薬だけじゃ、間に合わないです。この飲み薬を根気よく飲んで下さいね。』と言われ、心の中で、そうだよね〜、やっぱり飲み薬も必要だよね、と思いました。
大きな総合病院の若い先生より、近所の小さな皮膚科のベテランの先生の方が信頼できるわぁ。

家に帰って、犬のお散歩に行ったら、いつものコースなのに、疲れちゃって、指先を刺されたのに、全身にダメージが来て、改めてスズメバチの恐ろしさを実感しました。

夫が午後、年休を取って帰ってきてくれたので、お昼から夕食までず〜っと昼寝して、起きたら夫と長男が号泣しながら作ったカレーが出来ていました。
育児、洗濯、掃除、家事はほぼ何でもやってくれる夫は、お料理だけは出来ないのに、頑張ってカレーを作ってくれて、カウンターには、水泳用のゴーグルが置いてあり、長男と二人で泣きながら玉ねぎを切った様子を想像しただけで、感謝感激でした。
号泣カレーは、野菜もお肉も細切れで、食べやすくて、美味しかった〜。

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そして、火曜日、水曜日と徐々に腫れが引いてきて、今日はまだグーにすると違和感はありますが、ほぼ治ってきました。
でも、NHK『ためしてガッテン!』では、スズメバチに2回目刺されると、かなり危険と言っていたので、毒を吸い出すポイズン・リムーバーをネットで注文しました。

もし、スズメバチに刺されたら、毒を吸い出し(口の中に傷がある場合、傷から毒が入ってしまうので、口では吸わない)、毒を水で洗い流し、よく冷して、病院に行って下さい。

恐るべしスズメバチ。
皆さんも、スズメバチにはくれぐれもご注意下さいませ。

運動会

2009年09月08日 07:08

土曜日(9/5)は、次男の中学校の運動会でした。
2年前、長男が中3の時、長男は応援団で桜塚やっくんの『スケバン恐子』になりました。
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今年、次男も応援団でセーラー服を着ると言うので、今、セーラー服と言えば珍獣ハンターイモトしかない!と思い、次男は絶対にやらないと思いつつ、勝手にお下げとまゆ毛とパッチン止めを用意しました。
DSCF5155.jpg DSCF5174.jpg(←完成予想図)

予想通り、次男はイモトにはなりませんでしたが、セーラー服の応援団はいい思い出になりました。
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幼稚園から続いたビッグイベントの運動会が今年で終わり、ホッとするような、淋しいような・・・。

ファン太郎

2009年08月24日 22:16



このCM、我が家とダブります。
母親は、サボっている時に限って出没してしまう生き物なのでしょうか。